東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5985号 判決 1960年11月22日
原告 三田用水普通水利組合
被告 株式会社第一銀行
被告補助参加人 日本麦酒株式会社
主文
一、原告の訴を却下する。
二、訴訟費用は、伊藤林蔵の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金八十二万九千七百六十九円及びこれに対する昭和三十一年九月十六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は東京都世田谷区、渋谷区、目黒区及び品川区を区域とし、明治四十一年法律第五十号水利組合法に基き、灌漑排水に関する業のため設置したと見なされた普通水利組合であるところ、昭和二十四年法律第百九十五号土地改良法並びに同年法律第百九十六号土地改良法施行法の施行の結果、昭和二十七年八月三日限り解散し、同月四日からは、清算の範囲内において、なお存続するものと見なされ、現在清算手続中の公法人であり、被告は銀行法による銀行である。
二、原告は、明治年間以来、被告補助参加人日本麦酒株式会社(以下参加人という)に対し、(イ)麦酒の生産原料として、五十八坪一一三(一坪とは常時一寸立方寸の水量をいう)の水量の水を供給し、(ロ)また、明治二十一年七月三十日と明治三十一年十二月二十六日の二回にわたり、参加人固有の用水権に基く右二口合計十三坪八四の水量の水を、原告の施設を使用して通水することを許可していたものであるが、参加人に対する昭和二十七年度(昭和二十七年四月一日から昭和二十八年三月末日まで)の右(イ)の供水料は金五十八万千百三十四円(一坪につき年額金一万円)、(ロ)の水路使用料は二口合計金九十六万四千八百九十円(通水の距離一間につき一口年額金百五十円)、右合計金百五十四万六千二十四円であるところ、参加人は、右料金の納期である昭和二十七年四月十日を経過しても、右料金を支払わない。
三、しかして、原告は、参加人に対する右延滞料金のうち、昭和二十七年四月一日から原告解散の日である同年八月三日までの(イ)の供水料金十九万九千十九円、(ロ)水路使用料二口分金三十三万四百四十一円、(ハ)右合計金五十二万九千四百六十円に対する昭和二十七年七月一日から昭和三十一年五月十八日まで市町村税の例による日歩金四銭の割合による遅延損害金三十万三百九円、以上総計八十二万九千七百六十九円について、昭和三十一年五月十八日、水利組合法第五十六条並びに国税徴収法第二十三条の一により、参加人の被告に対する当座預金債権を差し押え、右債権差押通知は、同日、被告に、同月二十一日、参加人に、それぞれ到達した。したがつて、参加人は、被告に対して有する右当座預金債権のうち、右差押額を限度として、これを原告に支払うべき義務がある。
四、よつて、原告は、被告に対し、右金八十二万九千七百六十九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十一年九月十六日から完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と述べ、
一、被告及び参加人の本案前の抗弁に対し、
(一) 抗弁(一)の事実は否認する。
まず、原告は灌漑排水事業のみを存立目的とするものではない。すなわち、(イ)沿革的にみるのに、寛文四年、徳川幕府は、東京都港区芝白金に白金御殿を築造するに当り、現在の原告の用水路を、沿岸農民に開設させ、右御殿の雑用水に供していたもので、一般の水利組合が灌漑排水のために創設されたことと事情を異にするところ、その後、幕府は、右御殿の焼失とともに、右用水及びその敷地を、原告の前身である三田用水と称する品川宿外十三ケ村組合に無償譲渡し、じ来、右十四ケ村組合により維持管理されて来たが、明治二十三年水利組合条例により、法人格を付与されたものである。(ロ)その客観的存在の形態として、原告の用水は、流水の落差を利用する方法で開設され、水路は丘陵を通じ、低地には水路橋をかけて高度を維持し、これにより流水を動力に使用しうるようにしていたものである。(ハ)その供水の態様として、原告の用水は、古く徳川時代から用水沿岸に設置された水車に供水し、これにより米麦の精白を操業させていたが、原告にとつて、右水車営業は経済的にみて重要であつた。さらに、その後用水沿岸の発展に伴い、原告においては、工業用水、雑用水の供給事業の占める比重が大となり、解散に至るまで、その事業を継続して来た。
また、原告の組合員及び組合会議員は、現在に至るまで従前の通り存在し、品川区長訴外鏑木忠正が管理者として、原告を代表し来たつた。この間、東京都知事は、昭和十七年に原告の管理者を指定し、数回にわたり、原告の使用料徴収規則の改正を許可し、原告の会計検査をなし、他方、原告は、昭和二十二年、東京都の各区役所に委嘱して組合会議員の選挙を行つたものであつて、東京都としては、原告の存続を承諾して来たものというべきである。したがつて、原告が被告等主張のように実質的に自然消滅したとは、とうていいい難い。
(二) 抗弁(二)の(1) の事実のうち、水利組合法が土地改良法施行法により水害予防組合法と改正されたこと、原告の代表者伊藤林蔵が品川区長でないことは認めるが、その余の事実は争う。右水害予防組合法には、普通水利組合解散後の清算に関する規定を欠くところ、右清算については、普通水理組合が本来の事業を運営する場合に管理者を指定すべき規定である水利組合法第三十三条を適用すべきでないから、結局民法の法人の清算に関する規定に準拠すべきである。右につき、主管省である農林省は、昭和二十七年六月六日、二七土地局第二一一〇号農林省農地局長発都道府県知事宛通達をもつて、「普通水利組合解散に伴う清算に関しては、民法法人の解散に関する諸規定を類推適用すべきである。」旨を指示した。それで、東京都知事が原告解散当時の品川区長であつた訴外鏑木忠正を原告の代表清算人に指定した事実はなく、原告が、その解散に先立ち、昭和二十七年七月十二日、組合会の決議により、伊藤林蔵外十二名を清算人に選任し、さらに清算人会で右訴外鏑木忠正を代表清算人に選任したが、昭和三十年十一月十八日に至り、清算人会の決議により、従前の代表清算人の外、新たに伊藤林蔵を代表清算人に選任した。しかして、右両名の代表者については、共同代表の定めはないから、伊藤林蔵が原告の代表者として提起した本件訴は適法である。
(三) 抗弁(二)の(2) の事実のうち、原告が昭和初頭灌漑排水事業を廃止したことは認めるが、その余の事実は否認する。大正末期から昭和初頭にかけ、原告の用水地域内に農耕地は、商工又は住宅地帯となり、農耕地は漸次消失した結果、灌漑用水の用途は消滅した。しかしながら、原告が従来から右農業用水利権とともに併せ有していた工業用または雑用の水利権は残存し、同水利権による水の供与は、原告の本来の目的としての用途ではないが、その供与を廃止することは、経済的に重大な影響のあるところから、原告は、なお水利組合法に準拠し、公法人として存続し、国も東京都もこれを承認して来たものであり、昭和二十七年八月三日に至つて法定解散をしたのである。
また、原告は、その組合規約第二条によれば、「本組合は、灌漑の為東京府荏郡世田谷町大字下北沢地先において、玉川上水を分水し、及び同所原樋その他堤防護岸の修築保存水路を浚渫するを以て目的とす」と規定され、灌漑排水の用途の消滅は、原告の消滅を意味するものではない。さらに、普通水利組合は、一種の地域団体として、地域を基礎とし、その地域内に居住する土地所有者は、常に組合員となるものであるから、灌漑排水の業務廃止後も、組合員は存在する。そして原告は、法人格取得以来、法律並びに組合規約に基き、四年毎に組合会議員の選挙を行つて来たものであり、原告の組合会の決議は有効である。
(四) 抗弁(二)の(3) の事実は否認する。原告は、昭和二十二年、最後の組合会議員の選挙を行つたが、右議員の任期は、原告の組合規約によれば四年と規定されているところ、昭和二十五年三月二十四日開催の組合会の決議により、右任期が原告の清算結了に至るまで延長されることとなり、実質的に原告の組合規約は変更された。そして、原告は、その旨を書面をもつて、東京都知事に申し出て承認をえたのであるから、右延長された任期中の議員により構成された組合会において、伊藤林蔵を清算人に選任した行為は有効である。
二、被告及び参加人の本案についての主張に対し、
(一) 主張(二)については、前記一の(一)と同様である。
(二) 主張(三)については、前記一の(二)ないし(四)と同様である。なお、原告の出納事務を掌る東京都の出納官吏は、原告の管理者の補助機関にすぎないもので代表権限がなく、また原告は現在清算中であるから、清算人が代表権限を有するのである。
(三) 主張(四)について、
原告の農業用、工業用、雑用の水利権は、明治二十三年の水利組合条例制定前、すなわち現在から約三百年前の享保九年から、原告の前身である三田用水と称する品川宿外十三ケ村組合がこれを所有していたもので、水利組合条例または水利組合法により新たに付与されたものではなく、原告固有の水利権である。したがつて、原告は、通水施設の利用に関する権限を有するに止まらず、同施設により水を供給する流水利用権をも有するのである。
(四) 主張(五)について、
前記一の(三)記載のとおり、原告が灌漑排水事業を廃止したことは認めるが、右農業用の用途が消滅したとしても、原告の工業用または雑用の水利権は消滅せず、現に参加人は、原告から麦酒の生産原料である水の供給を受けているものであるから、原告は、その使用料を徴収しうるものである。
(五) 主張(六)について、
右主張は時機におくれた防禦方法として却下されるべきである。仮にそうでないとしても、
(1) 水路使用料について、被告及び参加人は、本件通水用ヒユーム管は参加人の所有であるから、原告は右使用料を徴収する権限がないと主張し、原告は、参加人が同人の費用をもつて、右通水用ヒユーム管を設置したことは認める。しかしながら、右ヒユーム管の設置は、参加人が単にその麦酒製造用とする本件水流を汚染から免れしめる目的から、原告に対し、その設置について懇請した結果、原告は、右ヒユーム管が参加人への供水ないし通水の外、原告の第三者に対する供水をも合流するため、その完成後は、右施設の所有権は原告に帰属することを前提条件として、その設置を承諾したものである。ただ、その際、右ヒユーム管埋設工事中は、参加人に限り、使用料を支払わないで、その水路の敷地を使用できる旨定めたにすぎない。仮にそうでないとしても、右ヒューム管は、原告の水路の敷地中に埋没され、原告の既存の施設に施工されたものであるから、原告の敷地に附合し、原告の所有に帰した。仮にそうでないとしても、原告は、昭和九年以来所有の意思をもつて、平穏公然に右ヒユーム管を占有管理し、かつ占有の開始には善意で無過失であつたから、占有開始の時から十年の経過により、右ヒユーム管を時効で取得したものである。この結果、参加人は、じ来二十年間にわたり、原告に対し、通水料を異議なく納付して来たものである。
(2) 供水料についてみるのに、本件供水合計五十八坪一一三のうち三十二坪二八二の水は、被告及び参加人主張のように引水権ではなく、単なる水の使用権である。右引水権は、原告固有のものであり、原告がその対価を東京都に支払つて来た。また、目黒村三田用水内堀組合なるものは、原告の用水を灌漑用に使用するため、原告の一部組合員等により結成されたもので、固有の水利権を有しないから、参加人がこれを譲り受けうるものではない。したがつて、右供水の使用料は、原告に対し、支払われるべきである。さらに、右五十八坪一一三のうち二十五坪八三一の水について原告が当初参加人から、寄附金名義で使用料を徴収したのは、参加人が農耕者でないので、かかる形式を採つたまでのことにすぎず、実質的には使用料であり、その後、原告の使用料徴収規則の改正に伴い、名目上も使用料として徴収している。
(六) 主張(七)について、
本件ヒユーム管は、前記のように原告の所有であるから、被告の主張は理由がない。
(七) 主張(八)について、
参加人は、本時差押当時、被告に対し、本件差押金額を超える当座預金債権を有していたものである。
と述べ、
立証として、甲第一号証の一ないし五、第二号証、第三号証の一ないし二十、第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第七ないし第九号証の各一ないし三、第十号証の一、二を提出し、証人武田徹太郎の証言を援用し、乙第三ないし第七号証の各一、二の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認めると述べた。
被告訴訟代理人は、
一、本案前の抗弁として、主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、
(一) 原告は社団の実体を持たず当事者能力を欠くから、本訴は不適法である。すなわち、普通水利組合の法律上の性格は、土地を基礎としない公の社団であつて、灌漑排水事業という公の目的及び右事業により利益を受ける土地(農地)の所有者からなる組合員をその構成要素とする。そして右目的は、農地に関する灌漑排水事業を行うことに限定され、工業用、雑用水の供給をもつて、その目的とはすることができない。ところで、原告は、その設立当初は、品川宿等十四ケ村の田持百姓の集合体であり、右普通水利組合としての要件を具備していたが、大正中期から、その区域の土地が周囲の変化により、次第に商工または宅地化し農地は消滅し、灌漑排水事業は廃止され、大正末期の関東大震災により決定的なものとなり、原告の唯一の存立目的は失われた。また、現在の東京都世田谷区、渋谷区、目黒区、品川区に跨る住民が原告設立当初の用水沿岸の住民とは同一性がある集団とはいえず、その組合員の欠乏をも惹起した。このように、原告においては、昭和初頭以降、普通水利組合としての構成要素が消滅したのであるから、その社団の実体は消失し、名目のみが残つているに過ぎない。したがつて、その後、原告は、普通水利組合として存在したものではないから、右水利組合の清算法人とはいえず、また民法及び商法により設立されたものではないから、公益法人や会社でもなく、他に法人格を付与する法律もないから、原告は、法人格ある社団といえず、ただ三田用水普通水利組合の名をかりて、右組合が管理運営していた財産である水路を無権限で占拠し運営することにより、原告の役員と称する少数者が利益をえている組織にすぎない。
(二) 仮に右主張が理由がないとしても、原告の代表清算人として、本件訴を提起している伊藤林蔵は、左記理由により、原告の代表者としての資格を欠くから、本訴は不適法である。すなわち、
(1) 明治四十一年法律第五十号水利組合法は、昭和二十四年法律第百九十六号土地改良法施行法第八条により、その名称を水害予防組合法と改め、水利組合を水害予防組合、府県知事を都道府県知事と読み替えることになつたが、普通水利組合が清算法人として存続する限り、水害予防組合法第三十三条第一項「都道府県知事ハ水害予防組合関係地ノ市町村長ノ内一人ヲ指定シ其ノ組合ノ事務ヲ管理セシムヘシ、但シ都道府県知事必要アリト認ムルトキハ都道府県吏員ヲ指定シ組合ノ事務ヲ管理セシムルコトヲ得」の規定により、東京都知事が原告の管理者として品川区長を指定していたものであるから、原告の代表者は依然として品川区長でなければならないところ、右伊藤林蔵は品川区長ではないから、原告の代表者としての資格がない。
(2) 仮に右主張が理由がなく、水利組合法には清算人についての規定を欠く結果、原告における最高決議機関である組合会の決議により清算人を選任しうるとしても、昭和初頭、原告は、その存立目的である灌漑排水事業を廃止した後は、組合員は存在しなかつたものであるから、原告が解散した昭和二十七年八月三日当時、原告には組合会議員の資格を有するものがなく、また右昭和初頭以降、右議員選出のための選挙が行われたこともない。
したがつて、原告としては、有効に組合会を構成することはできず、形式上組合会の決議をもつて、右伊藤林蔵を清算人に選任したとしても、右決議は無効である。
(3) 仮に右主張が理由がなく、伊藤林蔵が昭和二十七年七月十二日開催の組合会により清算人として選任されたとしても、右組合会を構成する議員は、昭和二十六年にその任期が満了しているものであるから、右組合会がなした清算人の選任行為は無効である。
と述べ、
二、本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、
(一) 原告主張の請求原因事実中、
一の事実は認める。
二の事実は不知。
三の事実のうち、昭和三十一年五月二十一日、原告から、その主張のような債権差押の通知が被告に送達されたことは認めるが、その余は不知。
(二)原告は、前記本案前の抗弁一の(一)記載のように、昭和初頭以降、普通水利組合としての実体を消失していたものであるから、水利組合法上の請権利を行使する権能はなく、したがつて、水利組合法第五十六条及び国税徴収法第二十三条に基く本訴請求は失当である。
(三) 原告の本件債権の差押は、前記本案前の抗弁一の(二)記載のように、原告の代表権限を有しない伊藤林蔵が代表者としてなしたものであるから無効である。なお、原告の出納事務管理者としては、品川区出納吏が指定されているのであるから、原告の本件使用料徴収権の行使は、右出納吏に専属しているものである。
(四) 原告が有すると主張する水利権は、公法人として農業用の灌漑排水用営造物の管理に関する権限にすぎず、流水の利用権を意味するものではない。元来流水利用権は、農地の所有者または認可によりその利用権を認められた者のみに属するのであつて、公法人である普通水利組合が流水利用権を有する法律上の根拠はない。仮に原告に流水利用権があるとしても、その権利を行う対象である農地は、昭和初頭、既に商工または宅地化したから、原告の流水利用権は消滅しているのである。
(五) そもそも、原告は、その存立目的に従い、用水路沿岸の農地に関する灌漑排水事業を営んで来たものであるところ、水利組合法第五十三条「組合ハ其ノ営造物ヲ事業ノ妨害ト為ラサル範囲内ニ於テ他ノ目的ニ使用セシムルコトヲ得、前項ノ使用ニ付テハ使用料ヲ徴収スルコトヲ得」の規定により、水利権者すなわち、灌漑排水用営造物の管理者として、灌漑の用途を妨げない範囲で灌漑排水用営造物を他の目的に使用することを第三者に許可し、使用料を徴収する公法上の権限を有するものである。しかしながら、前記のように、原告の用水路沿岸の農地は、昭和初頭以来、全部商工または宅地と化し、原告は、その目的である灌漑排水事業を廃止したから、原告の右水利権も消滅した。したがつて、原告は、右公法上の権能である使用料の徴収権をも同時に喪失したものである。
(六) 仮に右主張が理由がなく、原告がその主張のような使用料を徴収する権限があるとしても、参加人は、原告に対し、左記理由により、水路使用料及び供水料を支払う義務はない。すなわち、
(1) 水路使用料についてみるのに、大正末期から、原告の用水路沿岸一帯は市街地化し、激増した附近住民が同用水路に塵芥等を投入するため、参加人は、大正十五年頃から、原告と右用水路を暗渠とすることを協議していたが、昭和四年五月二日、原告との間に、(イ)参加人は、自己の費用で、従来の水取入口(分水口)を原告の笹塚原樋水門(原告用水路の玉川上水からの取入口)に密接するように移転設置し、玉川上水の水を直接取り入れ、同所から参加人の従来の分水口までコンクリート管を埋設する工事をすること、(ロ)右コンクリート管は参加人の所有とし、これを設置する敷地の使用料は、参加人会社存続中は無償とすることの約定をし、昭和十年、右工事を完成した。
この組果、参加人は、自家用引水管により玉川上水の水を直接引水することとなり、原告の用水路を使用するものではないから、原告から、その使用料を徴収される理由はない。なお、参加人は、権原により右コンクリート管を設置したのであるから、これは原告の敷地に附合するものではない。また、原告は右コンクリートを所有の意思で占有せず、完全に排他的な占有の事実もないから、時効により右コンクリート管を取得するものでもない。
(2) 供水料についてみるのに、参加人は、三田用水から、五十八坪一一三の水量の給水を受けているが、このうち三十二坪二八二について、参加人は、明治三十三年四月三十日目黒村三田用水内堀組合との間に、同内堀組合所有の引水権二十八坪を金一万円で買い受ける、原告に対しては、同内堀組合が従来通り給水に対する使用料を支払う旨の契約を締結し、原告もこれを承諾した。そして、右内堀組合の引水権者が消滅するに伴い、さらに四坪二八二の引水権も参加人の所有に帰した。なお、右引水権は参加人が排他的に使用する権利であるから、水利権というべきである。
ところで、右目黒村三田用水内堀組合は、原告とは別個独立の普通水利組合であり、前記水利組合法第五十三条に基く参加人に対する使用料徴収権は、右内堀組合に属するところ、同内堀組合は、右使用料として金一万円を一時に取得し、昭和二十六年解散した。もつとも右解散により、右内堀組合の権利義務は、東京都または原告に承継されたが、参加人に対する使用料徴収権は既に消滅しているから、原告がこれを取得するいわれはない。したがつて、原告は、右使用料を徴収すべき何等の権能をも有しない。
さらに右供水のうち二十五坪八三一について、原告は、明治四十三年三月二十二日制定の原告組合使用料徴収規則に基き、組合員以外の用水使用者である参加人に対し、工業用または雑用の用水使用料を徴収しえたのに、右徴収をせず、昭和八年一月二十一日、参加人との間に参加人は金七千五百円の寄附をなすことにより、右二十五坪八三一の水の供給を受け、かつ、その後毎年金二百円の寄附をなす旨の契約をしたものである。しかして、右寄附金は、給水に対する対価としての意味がないから、原告の一方的な意思表示により増額変更をなしえないものであり、また、参加人は、毎年二百円の寄附金を原告に支払う義務はあつても、供水料を支払う義務はない。したがつて、本件債権の差押は、その理由がない。
(七) 仮に右主張が理由がないとしても、原告は、その施設を第三者に使用させ、いわゆる営造物使用料を、その利用者に課しうるものであるが、参加人に対する水路使用料として、参加人所有の施設部分についてまで求めうるものではないので、原告は、参加人の使用する原告所有の水路部分である五百三十二間の距離に応じ、原告組合使用料徴収規則に基き、一間について、年額金百五十円以内の割合により、その使用料を徴収しうるにすぎないから、昭和二十七年四月一日から同年八月三日までの水路使用料は金二万七千三百三十七円五十銭以内にすぎない。
(八)本件債権の差押当時における被告の参加人に対する当座預金債務は、金十三万八百二十七円にすぎない。
と述べ、
立証として、乙第一号証、第二号証の一ないし四、第三ないし第七号証の各一、二、第八号証、第九ないし第十六号証の各一、二、第十七、第十八号証の各一ないし三、第十九号証の一、二、第二十ないし第二十二号証、第二十三号証の一ないし三、第二十四、第二十五号証の各一、二、第二十六号証、第二十七号証の一ないし三を提出し、証人伊藤幸男の証言を援用し、甲第一号証の二、三、五、同第五号証の一、二の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。
被告補助参加人訴訟代理人は、原告主張の請求原因事実に対し、被告の前記答弁一及び二の(二)ないし(八)と同趣旨の陳述をした。
理由
一、まず、被告は、本案前の抗弁として、原告は社団とはいえず、当事者能力を欠くから、本訴は不適法である旨主張するので按ずるのに、普通水利組合は、水利組合法(明治四十一年法律第五十号)により潅漑排水に関する事業を行うために設置され、右事業により利益を受ける土地をもつて区域とし、その区城内において、土地を所有する者をもつて組合員とする人的結合たる社団(公共組合)であるところ、原告が右水利組合法により設置された普通水利組合であること、原告が昭和初頭以降潅漑排水事業を廃止したこと、原告の潅漑排水事業により利益を受けていた農地は、昭和初頭以降商工または宅地化したことは当事者間に争いがないので、原告としては、その基本的な目的たる活動をやめたものというべきである。しかしながら、右事実により直ちに原告の目的及び組合員が失われ、原告の社団としての実体が失われたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、成立に争いのない甲第七号証の一ないし三、同第九号証の一、二、証人武田徹太郎の証言を綜合すれば、原告の前身である三田用水組合と称する上目黒裏外十四ケ村組合は、享保九年、徳川幕府から三田用水の水路及び敷地の譲渡を受け、じ来、これを維持管理し、明治二十三年水利組合条例で法人格を付与され、その後前記水利組合法により、原告として設置されたこと、ところで、原告の用水路は、当初から地理的に丘陵を通じ、単に潅漑用水としてのみでなく、その流水の落差を利用することにより、水車、動力、紡績、鉄工、研究所等の工業用または雑用の供水をしていたが、右は原告として経済的にみて重要であつたこと、さらに右用水の沿岸が市街地として発展し、商工または宅地化するに伴い、右事業の占める比重が大となり、原告は、昭和初頭に潅漑排水事業を廃止した後も昭和二十七年八月三日解散に至るまで、右工業用または雑用の供水事業を継続していたことが認められる。したがつて、右工業用または雑用の供水事業は、附随的ではあるが、原告の目的たる事業というべきであり、右事業により利益を受ける土地の所有者である組合員が存在しないとはいえないから、原告が昭和初頭に潅漑排水事業を廃止したことにより、その目的と組合員を失い、社団としての実体が消滅したものということはできない。
しかして、原告は、昭和二十四年法律第百九十五号土地改良法並びに同年法律第百九十六号土地改良施行法の施行の結果、昭和二十七年八月三日限り、解散し、現在清算手続中にあることは当事者間に争いがないので、原告は右解散により清算すべき状態に入り、なお清算法人として清算の目的の範囲内においてのみ存続し、その清算手続の終了までは消滅せず、法人格を享有するものである。したがつて、この点に関する被告の右主張は理由がない。
二、次に、被告は、本案前の抗弁として、原告の清算中の代表者は品川区長であるべきであり、本訴は代表資格がないものにより提起され、不適法である旨主張するので按ずるのに、原告の代表者として本訴を提起した伊藤林蔵が品川区長でないことは当事者間に争いがない。しかして、前記水利組合法は、前記土地改良法施行法第八条により、水害予防組合法と改称されたが、右法律には普通水利組合の解散後の清算手続に関する規定を欠くところ、右清算人の選任について、同法第三十三条第一項を準用し、代表清算人に品川区長を指定すべきものであると解すべきでなくかえつて成立に争いのない甲第四号証、普通水利組合の公共組合としての性格からして、結局民法における法人の清算の規定に準拠すべきであると解すべきであるから、原告の組合会において清算人を選任し、さらに清算人会において代表清算人を選任することができるものというべきである。したがつて、この点に関する被告の右主張は理由がない。
三、また、被告は、本案前の抗弁として、昭和初頭以降、原告に組合員は存在しないから、原告が昭和二十七年八月三日の組合会で右伊藤林蔵を清算人に選任した行為は無効である旨主張するが、前記一記載のように原告が昭和初頭以降、潅漑排水事業を廃止し、右事業により利益を受けていた農地が商工又は宅地化したことは当事者間は争いがないところであるが、これにより直ちに原告の組合員が欠缺したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、原告は、その後なお附随的な事業を継続し、その組合員も存在していたこと前叙認定の通りである。したがつて、この点に関する被告の右主張は理由がない。
四、さらに、被告は、本案前の抗弁として、原告の組合会を構成する議員は昭和二十六年に任期が満了しているから、右組合会で昭和二十七年七月十二日に伊藤林蔵を清算人に選任した行為は無効である旨主張するので按ずるのに、成立に争いのない甲第三号証の一ないし二十、証人武田徹太郎の証言を綜合すれば、原告の組合会議員の任期は、原告組合規約第十条により四年とされているところ、右議員の最後の選挙は、昭和二十二年九月二十六日に行われ、同日右議員が選出されたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。したがつて、右議員の任期は、昭和二十六年九月二十五日で満了したものというべきである。
ところで、原告は、昭和二十五年三月二十四日の組合会で、決議をもつて、右議員の任期を原告の清算結了まで延長した旨争い、成立に争いのない甲第一号証の一、四、証人武田徹太郎の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証の二、三、証人武田徹太郎の証言を綜合すれば、前記のように原告は、前記土地改良法並びに土地改良法施行法の施行の結果、昭和二十七年八月三日限り解散されることとなり、一方右昭和二十二年九月二十六日選出された組合会議員の任期は昭和二十六年九月二十五日で満了するが、組合の現状に精通している右議員をもつて、その解散、清算事務に当らせる必要から、昭和二十五年三月二十四日の原告組合会において、右議員の任期を原告の清算結了まで延長する旨の決議をしたことが認められる。しかしながら、原告の組合会議員の任期は、前記の通り組合規約第十条で四年と定められているのであるから、右任期に関する規約を改正して、右議員の任期の延長をした場合は格別、何等かかる措置が講じられていない本件においては、単に、組合会で任期延長の決議をしても、右決議により、直ちに任期延長の効力を生じないものというべきである。したがつて、昭和二十七年七月十二日開催の原告組合会は、その任期が満了した議員により構成されたものであつて、同組合会が伊藤林蔵を清算人に選任した行為は、無効であり、同人は原告の代表者としての資格を欠くものというべきである。
五、よつて本訴は、原告の代表者としての資格を有しないものにより提起されたというべく、この点において不適法であるから、その余の争点について判断するまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十九条第九十八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 花渕精一 浜田正義 佐藤栄一)